ICT活用教育実践例

医薬保健学域 薬学類(2)

この記事は、2013年にインタビューしたものです。

薬学類専門科目『生命・医療倫理』(必修)

  • 講義とe-Learningのブレンディッド型

今回の取材にご協力いただいた先生をご紹介します。

■お名前:青野 透 先生
■所属・職名:大学教育開発・支援センター 教授
■年度:2007年度~

Q1. この取り組みの対象学生は?

薬学類2年生(約70名)が対象で必修の授業です。この授業は1単位で7.5回の講義になります。授業の資料は、パワーポイントによる提示に加え、印刷したものを配布しています。出席はミニッツペーパーの提出で確認します。予習・復習は学習管理システムを利用しています。レポートは学習管理システムにアップロードしてもらいます。学生同士のディスカッションは学習管理システムの会議室を利用しています。

Q2. この授業にICTを取り入れられたきっかけについてお聞かせください。

2007年度に本学に学習管理システムが導入されてすぐに、担当している年間20コマ近い授業のうち、大学院の科目を除く、全ての授業でも、予習・復習用資料を掲載することから始めました。10人未満のゼミから200人を超える日本国憲法の授業まで全てで活用しました。この「生命・医療倫理」の授業でも、2007年度・2008年度と活用しました。ただし、予習用・復習用資料の掲載だけでは学生の利用頻度が少ないのが実情でした。そこで、2009年度は、医療倫理の諸問題について議論し考察するという科目特性を生かして、学習管理システムをもっと利用するような仕掛けが必要だと思い、新しい取り組みを考えました。 基本的にICTを活用した授業は、大学設置基準による単位の実質化の前提となる学生の授業時間外の学習を促し、学習の過程を教員が確認する上でも非常に有効であると考えたからです。さらに、各大学にFDが義務付けられており、中教審のいわゆる学士課程答申が提示したICT活用FDの課題に応じるための企画と実施でもあります。この学習管理システムを使った授業方法の改善については、大学教育学会、医学教育学会、およびPCカンファレンスなどで報告をし、参加者との質疑応答などからヒントをもらいながら、毎年、教育成果を高めるために、研究を前提にバージョンアップしています。私の所属する大学教育開発・支援センターでは、授業実践を前提にした授業研究により、全学のひいては日本全国の大学の教育改善に貢献することを使命にしています。

Q3. この取り組みの特徴や内容について詳しくお聞かせください。

この授業も他の科目同様、100点満点で判定しますが、その内容は、学習管理システムの会議室(以下、会議室)への書き込み内容が20点、出席確認を兼ねた毎回のミニッツペーパーの内容が20点、中間レポートが20点、最終レポートが40点という配点です。中間レポートは、会議室へ書き込むことになっており、ほかの受講生も閲覧が可能です。最終レポートは、他の受講生の中間レポートの内容を反映させたもの、例えば「〇〇さんの、□※△という意見について、私は次のように考える」というような内容でまとめることになっています。一人の中間レポートの書き込みが20人以上に引用された例もありました。このような仕掛けで、学習管理システムへのアクセスが大いに増えました。今年度ですと、この科目における受講生のアクセスは合計で1557回、アクセス数が最も多かった学生は65回も利用していました。
このほか、授業に参考になる書物・映画・新聞報道等の紹介を私の方から書き込むこともあり、それを読んだり見たりした学生が随時、会議室での感想の書き込みによってレスポンスしてくれます。
この授業は、生殖医療、尊厳死、移植医療、薬害などをテーマに教えていますが、講義に出るだけでは自分でそれらの問題について考える力を養うことはなかなか難しいと思います。また、紙でレポートを提出したのでは、教員だけにしか考えを伝えることができませんが、会議室への書き込みは、グループディスカッションにも利用され、ほかの人の考え方を参考にして自分の考えを発展させるこの科目に適した方法だと思います。また、口頭で意見を発表する…ということに対して消極的な学生がいますが、最近はメールやSNSが普及していることもあり、文字で意見を述べることにはあまり抵抗がないようです。

学習イメージ図

Q4. クリッカーを採用した取り組みについて教えてください。

一般の講義では、教員が一方的に授業を進めがちですが、もっと学生の学習意欲や参加意識を高めようと、クリッカーを使っています。この授業で利用しているクリッカーはPowerPointで利用できるターニング・ポイントというソフトを組み込むだけで、教員にはとても使いやすいアプリケーションです。例えば3択問題などに利用すると、学生にとっても、自分の回答が即座に画面に表示されるので、授業への参加意欲が高まるようです。教員にとっても、学生の反応をすぐに授業に反映させられるので、とても重宝しています。また、学習の理解度をその都度クリッカーで確認することにより、学生の理解度に併せた授業の進行が可能になり、学生に分かりやすい授業になっていると判断できます。このクリッカーの活用法については、KEEPAD JAPANとの共同研究を進めており、教育システム情報学会などで口頭報告してきたほか、『学生・職員と創る大学教育 大学を変えるFDとSDの新発想』(清水亮・橋本勝編、ナカニシヤ出版、2012年2月)所載の「学生と教員を結ぶクリッカー」(末本哲雄・青野 透)などでも、実践成果を著しています。

Q5. これらの取組について、学生さんの反応はどうでしたか?

全国の127校288学部の48,233名の学生が回答した、『全国大学生調査 第1次報告書』(2008年5月東京大学大学院教育学研究科、大学経営・政策研究センター)によれば、「授業中に自分の意見や考えを述べること」について、84.1%の学生がその必要性を「非常にある」「ある程度必要」と感じていますが、実際に意見や考えを述べることを「経験した」学生は「よくあった」「ある程度あった」を合わせても31.2%しかいませんでした。
私の授業では、こうした現状を変えるべく、学生に授業における意見発表の役割を求めた、双方向・多方向授業を従来から展開してきました。多くの科目ではグループによるディスカッションと発表を取り入れていますが、メンバー構成については、男女の人数など、私の方で偏りがないように組んでいます。グループでディスカッションするとか、発表するという経験が少ない学生が多いようですが、実際に経験してみると授業への参加意識が高まってくる様子が分かります。パソコンの操作については、1年生の科目では文字だけのスライドで発表する学生が多かったのですが、最近では色やアニメーションを効果的に使った発表が増えています。この「生命・医療倫理」の授業でも、学習管理システム上の会議室での意見交換を中心に、熱心なやり取りが、毎年行われています。

次に、クリッカーの活用については五段階で評価してもらいました。その結果は、「1.知識確認のための意義」については「大いにある」「ある程度ある」の合計が33%でした。「2.授業内容理解確認のための意義」は「大いにある」「ある程度ある」の合計が30%でした。「3.賛否確認のための意義」については、「大いにある」「ある程度ある」の合計が41%で、学説等について賛成か反対かを回答するには良い手法であることが示唆されました。授業改善の基本は「どんなに授業内容が良くても受講生に伝わらなければ意味がない、受講生が理解しなければ意味がない」という当たり前の認識にあります。きちんと学生に伝わったか、伝わったならば理解できたか、確かめながら授業をするのが、教員の責務です。クリッカーは伝達・理解を確認したうえで意見交換にまで進める、授業設計に適したツールとして学生たちも認めていることになります。

講義風景

Q6. この授業を継続するにあたって、工夫やご苦労はありましたか?

授業準備に費やす時間は、教員として当然のこととして、今では楽しんでやっています。個人的には苦手なのは、どうしても新しいICT技術への対応です。情報技術は進化・変化が激しく、教員一人で新しい技術を探し、教育に取り入れるのは大変な作業です。2009年度以前はFD・ICT教育推進室にFD/SD・ICT教育支援部門があり特任助教二名が在籍しており、随分とサポートをして頂きました。FD・ICT教育推進室には、新しいICT技術の情報提供と教育への活用方法の提案を期待していますが、2010年度以降は人員削減で個々の教員へのサポートが難しくなったようです。現在、大学教育・開発支援センターにはICTに詳しい教員が複数名所属していますが、それぞれに授業を持っていますので、手伝ってもらうわけにはいきません。

Q7. では、最後に、今後のご計画をお聞かせください。

授業改善の取り組みは教員の本分でもあり、また私の場合は、科研費の研究(「学習意欲を高める授業科目が教育成果全般に及ぼす影響とその評価」、平成20~24年度)でも成果を問われており、新しい技術や手法を積極的に取り入れたいと考えています。そのためには、ぜひともFD・ICT教育推進室のサポートをお願いしたいものです。

――お忙しい中、ご協力いただきありがとうございました。